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『FINAL FANTASY XVI(FF16)』クリア後感想|クライヴの旅を体感させるRPGだった【ネタバレあり】

 

『FINAL FANTASY XVI(FF16)』を、サブクエまで含めてクリアしてきました。


結論から言うと、自分にとって本作は、戦闘も映像もまとめてクライヴの旅として体感させてくる作品でした。

グラフィックやBGMの完成度も高く、遊んでいるというより物語に飲まれていく感覚が強かったです。

 

ただ、その熱量でここまで積み上げてきた作品だからこそ、最後にクライヴとジョシュアがどうなったのか、アルテマがいなくなった世界がどう変わったのかは、もう一歩だけ見せてほしかったとも感じました。


今回は、今回は、そんなFF16をクリア後の感想として、召喚獣バトル・戦闘・シナリオ・サブクエ・エンディングの惜しさまでまとめて書いていきます。

ネタバレありです。

 

 

FF16 感想 メインタイトル画面

召喚獣バトルと演出の熱量

召喚獣バトルはどれも見応えがあったのだけど、良かったのは派手なだけで終わらなかったこと。

ムービー中のQTEまで含めて、毎回ちゃんとクライヴの旅の山場になっていた。

 

本作の見どころである召喚獣は、各ドミナントの特徴が反映されつつ、荘厳な雰囲気はしっかり保ったまま、納得感あるデザインに仕上げられている。

そんな召喚獣どうしがガチンコタイマンやってくれるんだから、そりゃあ最高に盛り上がるに決まっている。

 

「フェニックス戦凄かったな…。次の戦いはコレを越えられないんじゃね?!」

→「ガルーダ戦おもろすぎ!!フェニックス戦越えたわ!!」

→「ガルーダ戦凄かったな…。次の〜〜〜」

 

の繰り返し。

前の山場の興奮が、そのまま次の山場の助走になっているから、毎回「次は流石に越えられないだろ」と思うのに、ちゃんと越えてくる。

 

唯一オーディン戦が「演出面の派手さ」という意味では地味だった感もあるが、あの戦いは「人間を否定する元人間」に対してどのようなアプローチを仕掛けるのか、舌戦という意味でのシナリオ的な盛り上がりは抜群だったので問題なし。

「顕現せず(=人間のまま)勝つ」というアンサーも含め、見応えある戦いだった。

 

グラフィック・ムービーのクオリティ

FF16 グラフィック感想 ヴァリスゼアの広大な風景1

 

FFといえばグラフィック!ということで、本作も例に漏れずグラフィックが凄まじい。毎作品言ってる気がするが、もう映画ですコレ

 

風景の圧倒的リアルさは勿論、主要キャラの表情、目線のどれをとっても生きているようにしか見えない。リアルすぎてちょっと怖くなるレベル。どこまで行っちまうんだスクエニ。

 

そしてこの圧倒的な映像があるからこそ、ヴァリスゼアを旅している感覚にもちゃんと厚みが出る。

ただ綺麗なだけではなく、クライヴの旅に飲まれていく没入感まで含めて、本作の映像は唯一無二だったと思う。

 

FF16 グラフィック感想 ヴァリスゼアの広大な風景2

 

召喚獣バトルのBGMもいい

また、召喚獣バトルのBGMもスンバラしく、各戦闘毎に全く違う曲が流れることには結構驚いた。なんなら各戦闘のフェーズ1,2,3でどれも曲が違ってたりと、かなり力が入っていた。

 

僕はタイタン戦のBGMが好きで、特に3戦目はテンションぶち上がった。FFXの『other world』っぽさも持ちつつ、しっかり戦闘にマッチしていて脳汁が溢れて止まらなかった。最高。

Otherworld

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他にも良曲揃いなので、後ほどじっくり聴いてみようと思う。

 

FF16 戦闘BGM感想 タイタン戦のテンション上がる演出

 

 

戦闘は面白かったが、RPGとしての手触りは少し薄い

前作『15』とは違いオープンワールドではないが、これで良かったと思う。

 

基本的にメインストーリーは『13』のような一本道で、サブクエやリスキーモブで脇道に逸れる感じ。

マップの広さと爆速ロードのおかげで窮屈さは全然なく、実質オープンワールドといっても差し支えないレベル。

オープンワールドの方が海外ウケは良いのかなとも思いつつ、JRPGキチの僕としては、このフィールドの広さとテンポ感はかなり好みだった。

 

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ただ、マップの広さに対しての足の遅さが少し気になった。

 

ワープポイントも少なく、かつ街中の移動速度がモヤモヤするスピード。この移動速度は吉田Pのこだわりなんだろうか。

特にサブクエ消化は作業感が強く、こちらのやる気をガンガン削いでくる。ゲーム全体の没入感という意味でもマイナスである。

 

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逆に、戦闘かなり満足。途中何度かストーリーフォーカスで遊んでみたが、基本的にはアクションフォーカスで遊んだ。

特にパリィは、高難度アクションっぽい戦い方もでき、戦闘にメリハリが付いて中々面白かった。

各召喚獣のスキルもド派手で、かつ用途ごとに技が分かれていて、解放して使っていく楽しみもあり、存分に堪能させて貰った。

 

僕のお気に入りはオーディンで、各スキルをmaster化させて特化ビルドを組むのがかなり快適。

全体的にヒット数が多く、暗転して敵を切り刻む技もあり、とにかく気持ちいい。そして最後に斬鉄剣で締めるともう射精しそうになる。

他の召喚獣スキルのモーションがデビルメイクライっぽい中で、オーディンだけが明らかに無双ゲーのソレである。

ちょっとクセはあるが超絶気持ちいいのでオススメです。

 

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と、大満足な戦闘だったが、RPGとしては薄い部分もある。

 

レベルや装備作成の存在感が弱いだけでなく、道中で拾えるアイテムにも高揚感はあまりない。

基本的に低難易度であり、レベルで詰まったり、敵に負けるというイベント自体が殆ど起きない。良くも悪くもストレスを感じさせないゲームデザイン。

 

なので、本作はゲームというより、体験型4D映画のような感じなのかなと。つまりは、戦闘すらあくまで「映像の1部」という解釈。

だからこそ本作では、クライヴがいかに格好よく敵を倒すかの方が重要で、攻略を詰める面白さはそこまで重視されていないのかなと。

ストーリーフォーカス、アクションフォーカスで操作を選べるのも、そういう意図があってのことでしょう。

 

RPGとしての厚みは薄めでも、そのぶん本作はクライヴという主人公をどう体感させるかに振り切っていたように思う。

シナリオを、ただ眺めるのではなくクライヴの感覚として通すためには、戦闘も探索も「ノンストップで駆け抜ける」方向へ寄せる必要があったのかもしれない。

 

かなり尖っているように思えるが、FFはあまりにもターゲット層が広すぎるため、ある意味こうなるのは必然なのかも。

 

 

自己肯定と「生きる」の物語

自己肯定

今回のシナリオのテーマは自己肯定とのことで、僕もそこはかなり強く感じた。

 

言葉にするのは簡単でも、自分を認めるというのは実際かなり難しい。できている人間なんて、現実はおろか、この『FF16』ですらほんのひと握りだと思う。

僕自身、表面的な自分を肯定することはあっても、本質的には何もできていないなと感じることがある。情けないが、人間そんなものだとも思う。

 

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ただ、難しいにも関わらず、それは生きていく上でかなり重要なことでもある。

故に、他者からの肯定や承認を求めるばかりで、それに不釣り合いな「力」を手にしてしまったベネディクタアナベラは破滅していくし、自分の現在地を認めることができなかったフーゴも同様だった。アルテマも、ある意味では同じ側にいたのだと思う。

 

だからこの物語では、何を背負ったか以上に、そんな自分を認められるかどうかが大きかったのだと思う。

他の人物が欲望や承認に振り回されて崩れていく中で、クライヴだけは自分の罪も理想も見失わずに立ち続けた。

弟を殺した自分と向き合い、理想を継ぎ、やるべき事とやりたい事を見据え、自分が周りに生かされていることを自覚し、それら全部を喰らって前に進んだクライヴの強さは、まさにそこにあった。

 

揺るぎない自己を持つこと。もちろん「神に近い力を得た」という設定的な理由もあるのだろうが、クライヴがアルテマに勝てた最大の要因はそこだと思う。アルテマもまた「自我」を持った時点で、人の身に堕ちていたのかもしれない。

 

そういう意味で、ラストバトルはただの決着ではなく、理想も罪も抱えた自分を認めたクライヴの集大成に見えた。見どころの多さも含めて、あそこは素直に熱かった。

 

FF16 戦闘シーン クライヴ対召喚獣のスクリーンショット

 

サブクエと『生きる』

もうひとつ、この作品を通して強く残ったのが、「生きる」ことそのものの重さだった。

 

特に、ベアラーが当たり前のように虐げられるサブクエ群は重い。設定として知るのではなく、この世界では人がどう扱われ、どう傷つけられ、それでもどう生きようとしているのかを、嫌でも体感させてくる。

 

ヴァリスゼア全体も「明日は我が身」を地で行く世界だ。人を人とも思わぬ奴隷制度、それに抗う人たち、作物が実らない土地でもどうにか生きようとする人たち。アルテマですら、生き延びるためにヴァリスゼアそのものを食い潰そうとする。

 

だからこの作品では、「生きる」が綺麗事では終わらない。クライヴの旅が重く見えるのも、この世界で生きること自体が最初から熾烈だからだと思う。

 

その辺はサブクエでがっつり語られていて、正直見ていてキツかったイベントもちょくちょくあった。

しかしその甲斐あってか、ヴァリスゼアの世界観を肌で感じることができたし、「生きる」という言葉の重さも、かなり実感として残った。

世界観の説明として悲惨さを置いているのではなく、クライヴが掴もうとする「生きる」をプレイヤーにも重さごと飲ませるために、ここまで真正面から描く必要があったのかもしれない。

 

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エンディングの余韻と物足りなさ

そんでもって、そんなヴァリスゼアを変えようと奮闘するクライヴの旅の終わりが、仲間たちを通してしっかり描写されているのも良かった。

なお、あのエンディングはサブクエの感じだと、恐らくクライヴは生きていて、ジョシュアは死んだままなんだろう。

 

そして、理が無くなり魔法が存在しなくなった世界で、クライヴたちの神への叛逆が“架空の物語(ファイナルファンタジー)”として語り継がれているのも、それこそ『1』を連想させてくれて、「吉田さんここですか!」と鳥肌だった。

ナレーションの演出まで踏まえると、この『FF16』というゲームは、クライヴが書いた「ファイナルファンタジー」をプレイヤーが追体験するゲーム、と見ることもできるのかもしれない。

 

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ただ、ここまでクライヴの旅を濃く積み上げてきた作品だからこそ、最後はもう一歩だけ見せてほしかったのも本音だった。

クライヴとジョシュアがどうなったのか、そしてアルテマがいなくなった世界が具体的にどう変わったのか。そのあたりにもう少し踏み込んでほしかったと思う。

 

総じて本作は、RPGとしての厚みを少し薄くする代わりに、戦闘も映像も物語もクライヴへ収束させ、自己肯定と「生きる」を主人公の感覚として体感させることに振り切った作品だったと思う。

だからこそ、最後だけぼかす方向に寄ったことで、ここまでずっとクライヴの旅を真正面から追わせてくれた作品だったのに、最後だけ急に観客側へ委ねられたような感覚は少し残った。

 

 

終わりに

大満足でした。

 

開発陣のこだわりをビンビンに感じる世界観から、ゆっくりだけど確実に成長していくクライヴ、派手かつ面白い戦闘、良曲揃いのBGM、圧倒的なグラフィックなどなど、挙げればキリがない。

 

とりあえずPS5買ったらこれやっとけ!と自信もって言える作品に仕上がっていて、楽しみにしていた甲斐があったというものです。

まさにFFのナンバリング最新作に相応しいゲームになってるんじゃないでしょうか。FFファンだからそう感じるのかもしれませんが……

 

わーわー騒ぎましたが僕からは以上です。読んでいただきありがとうございました。

 

 

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