社会人になってかなり自由にお金が使えるようになってからは、気になる漫画があれば片っ端から買って読む習慣が付いてしまった。
アプリで1日1話ずつ読んでいるものもあるが、名作漫画や隠れオモロ漫画などはついついオトナ買いしてしまう。自分を戒められない。
一応感想ブログを運営している身としては、読んだからには感想を記事にしたいのだけど、あまりに有名なタイトルだったり、読んでいてそこまで面白く感じなかった作品はイマイチ文章として纏まらなくって。例えば、日常系で1記事書くのはかなり厳しいし、ビミョーだなこの作品…と思いながら書くのもちょいとツラい。有名作だとなんか色々揚げ足取られそうでちょっと怖い。と、そんな感じだ。
だけどやっぱり文章として残しておきたい気持ちもある。初見漫画の感想なんかは特に。
ということで、今回は短めのテキストを纏めてぶん投げようかなと。サクッと色々書いていくので、気が向いたらお付き合いください。
デスノート
改めて読んでもむちゃくちゃ面白かった
僕がまだ小学生の時に連載されていた漫画で、当時は話を完全に理解するまでは行かないにしろ、「なんだこの漫画?!」「高校生とか大人ってめちゃくちゃ頭良いんだな…」と、ガキなりに色々楽しんで読んでいたのをよく覚えている。
しかし今読み返すと、2話にしてもう関東在住とバレてしまう月や、「数%の疑い」と言いつつずっっっと月を疑いまくってるL、そんな熱いバトルが繰り広げられる中でマジでリンゴしか食ってないリュークなど、色々とツッコミどころが多くて面白い。
月とLの頭脳バトルも間違いなく『デスノート』の魅力だが、やはり「ノートに名前を書かれた人間は死ぬ」という設定自体の根幹がバツグンに面白く、ここに様々な思考の余地があるからこそ両名のバトルがグンバツに活きてくる。
デスノートというアイテムに関しては、ぶっちゃけ「月がずっとマジレスしてたらLに勝ち目ねーなコレ…」と思ってしまうくらいにはぶっ壊れチートアイテムであり、その他様々なズルいルールによってキラ捜査本部が惑わされていく…という流れ。
ならば何故、キラの正体がバレるのか。それは「月のプライドの高さ」という最大の欠点によるものだと一貫して描かれていたのが印象的。ガキ時代には「終盤で急に月がバカになった!」と思っていたのだけど、終盤どころか案外最初っからやらかしているというか、自分で自分の首を絞める展開が(こういうタイプのシナリオにしては)とても多い。
しかしそんなキャラだからこそ、「正義」や「正しさ」はどう見てもL側にあるハズなのに、読んでいるとついつい月を応援してしまう(月なりの正義もあるとはいえ)。神に近い精神性はあれど、やっぱりどこか人間くさいキャラクター像はとっても魅力的で、「面白い」。
第1部は、うっすらL>月という力関係が見え隠れしていく中で、デスノートの(読者目線での)新ルール追加という「飛び道具」を使って、なんとかL=月に持っていくギリギリのバトルがくっそ熱い。やってることは犯罪以外の何者でも無いんだけど、そこに1本の芯が通ると、なんだかちょっとカッコよく見えてくる。と、そんな絶妙なバランスで描かれておりました。
反面、第2部は改めて読み返してみてもなおニアとかいうキャラは好きになれなかった。いくら物語を終わらせるための舞台装置的なキャラとはいえ、月vsLのような駆け引きも何も無く、ただその場に座してメロとLの手柄を奪っていっただけなのはなァ……と、どーしても思ってしまうワケ。
ただ今回は、上述の通り「月のプライドの高さ」という点において敗北した、という見方をすることが出来たので、以前読んだ時ほどのニアにボコボコにされている感じ・それに伴う不快感は無かったように思う。まあ確かに、どうやって月を負けさせるかを考えると、どうしても終盤のような展開になってしまうのかもしれない。
せっかくなのでcキラ編、aキラ編も読んでみた。cキラ編は、まあ、こんなものかな?くらいのものだったが、反対にaキラ編はめちゃめちゃ面白かった。
デスノートをどう「使う」のかを主題に、本編キラと同様に巧妙な作戦が立てられる。本編とは時代が違うので、街中に監視カメラは配置され、サイバーパトロールのレベルも昔とは段違いに発達している。今の時代では、月の作戦をコピペしただけだと、徹底マジレスしながらデスノートを使っても、ひょっとすると即バレしてしまうのかもしれない。
そんな中で主人公である田中実の作戦が光る。リュークに色々やらせるのは若干ズルい感じはしたが、前キラに負けず劣らずの巧妙さでノートを「使う」。
最期は新規ルール追加によって報いを受けるカタチとなったが、ノートの紙面に「夜神月」「田中実」の名前が並んでいるのは感慨深い。実の「面白さ」は月同様リュークに認められたのだろう。
とりあえず『デスノート』、めちゃくちゃ面白かったです。ジャンプの人気作は伊達じゃない。
杖と剣のウィストリア
つい最近アニメ化されたとの事で、この前たまたま1話を観る機会があったのだが、これがもう圧倒的作画で震えてしまった。
せっかくだし漫画も読んじゃおう!と、マガポケで無料分をバーッと読んで面白ェ!となり、気がついたら課金して全話読んでいた。
やってることはド王道かつドスタンダードな学園魔法バトルものなんだけど、ここまで素直な作品は逆に最近あまり見ないまである。だからこそ夕方4:30に放送されてるんだろう。健全。
魔法が使えない主人公が、幼馴染と肩を並べるため、剣1本で魔法の頂きを目指す!という、「どっちが魔法帝になるか、勝負だ一一!」みたいなお話。
ただアッチと違い、本作の主人公は腕っ節が誰よりも強く、某忍者漫画みたく、少しづつ周囲に認められていく系のヤツが読みたかった僕としては、ソコがちょっと残念だったのだけど、主人公の腕っ節よりも人柄そのものに惹かれて人間が集まってくるという流れは非常に好み。
僕的イチオシキャラはシオン・アルスター君だ。
最初は露悪的な描写が目立ち、(魔法に関しては)落ちこぼれの主人公を退学させたる!というキャラだったのだけど、その割には「学園卒業に必要な討伐対象のモンスターを先回りして殲滅し、主人公に授業単位を取らせないようにする」という、あれ?そこは主人公をボコって行動不能にするんじゃないの?と、この時点でちょっと可愛らしさというか、萌えを感じていた。
蓋を開けてみると、中身はまんま間桐慎二であり、「無能力者だけど頑張っていてスゴい!だけどあんまり構って貰えなくて悲しい!せや!虐めたろ!」なキャラだった。萌え。
上記の通り萌えキャラなので、主人公に構ってもらえないフラストレーションが臨界点まで達した結果、本編序盤の露悪的なキャラになっていたというワケである。これに萌えずして何に萌えるというのだ。
ちなみに、普通にライバルキャラとしてもカッコいいのも好き。「僕を見ろよ!」という逆爆豪勝己なセリフを吐きながら、ちゃんと天才&努力型の両方の性質を併せ持つキャラであるのも良い。今後の活躍に大いに期待している。
そんなワケで『杖と剣のウィストリア』、こちらも中々面白かったです。月刊漫画なだけあって、絵が凄く上手いのもイイ。
終わりに
一応、『 殺されて井戸に捨てられた聖女がチート怨霊になりました』と、『 貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士』という漫画も読んでいたのですが、思いのほか『デスノート』と『ウィストリア』に文字数を割かれたのでやめました。「ふーん…」以上の感想が出てこなかったってのもある。記事冒頭に書いた「なんともいえない作品」のニュアンスは上2作のことです。推敲しろって話。
わーわー騒ぎましたが、読んで頂きありがとうございました。また何か読んだら感想書きます。


