人生においてもう何周したかわからないほど『ハイキュー!!』を読み返しているのですが、先日更にもう1周してしまいました。
週刊で読んでいた当時は、「変人速攻かっけえ!」「ノヤっさんのスーパーレシーブかっけえ!」みたいな、どちらかというと能力バトル漫画的な、"ジャンプのスポーツ漫画"らしい楽しみ方をしていた気がします。
ただ終盤になると、そのライブ感が薄れたぶん「1試合が長い」「試合描写が追いづらい」という感覚も強くなり、鴎台戦やプロ編(Vリーグ編)を“着地”としてうまく受け取れなかった記憶がある。
この時点ではラストのプロ編をかなり蛇足に感じていて、そこもまた上記の評価を後押しする要因でした。比較的綺麗に終わった高校編、からの急にプロ編!という展開に、まだやるの!?とズッコケた思い出があります。
でも今は、むしろそこまで描いたからこそ『ハイキュー!!』が好きなんだと言えますね。
2周目(一気読み)だと、週刊での弱点はほぼ全て解消され、ただシンプルに、この漫画めちゃくちゃ面白いなと。
話の流れは既に把握しているため、先が読みたい!と逸る気持ちは全く生まれない。ライブ感に左右されず、純粋に漫画そのものを楽しめました。
とはいえ、週刊時点でも"ゴミ捨て場の決戦"までは素直に楽しめていました。
この試合は、今までの"溜め"を大爆発させる名勝負だったし、なにより「コレをやるために全国に行く!全国で勝つ!」という作品自体の明確な目標でした。
だからこそ、途中の青城・白鳥沢・稲荷崎では、どっちが勝つ!?とハラハラできたし、劣勢時における各キャラの成長、そしてギリギリで勝ち切るプロセスに熱くなれる。
やってることは実質的にいわゆる"修行編"のソレなんですが、それら全てが、対音駒に向けて「満を持す」ための"溜め"として、どれも機能していたと思います。
しかもこの作品は、試合を重ねるほど相手校まで好きにさせてくるので、音駒戦までの思い入れがどんどん強くなっていく。
そんなこんなで、音駒戦まではハマって読んでいたものの、それ以降の熱の冷め方が凄まじかった記憶があります。
大きな目標は達成してしまい、各キャラの成長もほぼ終わり。あとやり残しているのは春高優勝くらいだが、"ゴミ捨て場の決戦"ほどのドラマは生まれないだろう、という状況。
嫌なキャラが居ない作品の性質からして、読者目線でも明確な"敵"はおらず、決勝まで行くなら誰と戦うんだ??2年生編もやるのか??つーか話の着地はどうなるんだ??と、先が全く読めない。
もし分かりやすく王道に寄せるなら、この因縁は決勝でぶつからせるのが妥当だと思う。
でも本作はあえて全国3回戦でそこに決着をつけた。
「リアル調の漫画だから」だとか様々な理由がありそうですが、今思えば、音駒戦までは監督や3年生も含めた“烏野”全体のゴールへ向かう話だったのだと思います。
少なくとも僕の中では、ここまでで一度きれいに終着点へ着いたような感覚がありました。
これは、烏野のゴールと日向のゴールをほとんど同じものとして読んでいたのだと思います。
この先の展開からして、以降の試合は、そこで得たものを持って日向がどう進んでいくのか、そのためにはどう高校編に区切りをつけるか、という話だったのかなと。
そんなこんなで、続く鴎台戦。
試合展開・結果は語るまでもなく相当ショッキングでしたが、この後の展開や着地から逆算すると、むしろコレしかない展開だった。
音駒戦に匹敵するだけのドラマを作りつつ、それでも日向の物語をここで終着点にさせず、その先まで示す。
これらを満たしながら、「現役メンバーで初の全国」という伏線を回収し、週刊誌らしく毎話に山場を作るとなると、こうなるのは必然だったのかもしれない。
(なお、こう書くと整理された話に見えるのですが、実際に読んでいる側としてはそんな綺麗なモンではなく、連載当時は「ここで負けるのかよ」と普通に面食らいました。)
ただ、そんなロジカルな構成の中でも、臨場感のある熱いセリフはいくつもあって。
特に、星海の「俺たちの強さは、ひとつなんかじゃない」には思わず感涙しました。
ユース候補にここまで言わせるほど日向が成長したこともそうですし、なによりプレイヤーとしての将来像が明確に見えたことがとにかく熱かった。
というのも、ここまで僕目線では"小さな巨人"と"最強の囮"の違いがイマイチ分かっていなくて。
どっちもポイントゲッターだし一緒じゃない?とすら思っていました。
しかし、それらの目指すところはそれぞれ違っており、"上手く戦う"のか"高く戦う"のか、実は全く別の方向を向いていたというオチ。
日向の目指すところは、より正確に言うなら"高く"ではなく"相手より高く"であり、それに合わせてくれるセッターはトップレベルにしか居ない。だから後の「飛ばせてもらいに行く」に繋がる。
最もトリッキーなプレイヤーこそが、実は最も"王道"に勝とうとしていた。
これこそ、やっぱり主人公は日向だなァと思うと同時に、点と点が急速に線になっていくこの快感・瞬間最大風速こそ、本作で最も好きなポイントのひとつ。
とはいえ、「烏野の得点源」としての完成度は高けれど、「1人のバレーボーラー」としての完成度はまだまだ。
だからここで"未完成のまま"優勝させるより、負けさせて、次の成長に続く余地を作る必要があったのかなと。
そんでもって、ラストのプロ編。
連載当時は蛇足に感じていましたが、こちらもコレしかない展開だったと思います。なんなら今では結構気に入ってる話だったり。
こういう長編漫画は、"どういう着地をするのか"が僕的に非常に重要で。
仮に烏野優勝で終わったとして、「春高を通して烏野1年ズが人間的に成長しました!」という着地でも、まあそれなりに綺麗ではある。
物足りなさはあるが、「日向と影山のバレー人生において最も成長できた1年を切り抜きました!」というエッセンスを含ませるのであれば、理解はできる。"らしい"終わり方でもある。
しかしそこに留まらず、敢えて春高で負けさせ、その先を描写するのは、「バレーに満足しない」という着地を描きたかったからなのかなと。
この作品は、単に強い選手を描いてきたというより、バレーに人生を持っていかれる人間と、そうではない人間の温度差まで描いてきた漫画だった。
ただの部活と割り切る選手もいれば、バレーという競技そのものに魅入られている選手もいる。
そして日向は、明らかに後者の側。
だから春高優勝で物語を閉じてしまうと、いったい何に取り憑かれているのかが、十分に描き切れない。"優勝して終わり"では、まだまだ食い足りない。
その象徴が、やはり日向のブラジル行きでしょう。
高校バレーで一区切りついたあと、そこで満足するどころか、むしろ自分に足りないものを埋めるために、競技そのものの中へ更に踏み込んでいく。
あの一見して遠回りに見える選択まで含め、本作は「勝って終わり」ではなく「まだ足りないから先へ行く」物語だったのだと分かる。
もしあのまま勝ち切って優勝しても、それは結果であって、それ自体が物語の終着点には成り得ない。ラストの「今日"も"」発言からも、それは読み取れる。
当時はただの後日談に見えましたが、今はむしろここが本編の着地点だと感じている。そういう意味で、このプロ編は本作ラストに相応しいお話だったのかなと。
そして、ここまで描いてくれたからこそ、『ハイキュー!!』は“バレーに満足しない人間たちの漫画”として着地できたのだと思う。
プロ編は、後日談の余韻を内包しつつ、終盤から最終回まで含めた本編の終着点になっていたと思います。
というのがハイキューN周目の感想でした。 何回読んでも夢中になってしまうパワーがある作品です。
